天の川を渡って満天の星空を囲む茶屋へ

冬になると星座がきれいに見えてきますよね♪

外に出て空を眺めるのもいいなと思いながらも、お茶をしながら星空を心ゆくまで堪能してみたいなと憧れています。

でも、ひとりで眺めるのではなく、だれかと眺めたいのが星空。

だれでも気軽に愉しめて、茶道の伝統を体験できる空間をプランニングしてみました♪

ただ、星空をながめるだけで、茶道の伝統美を体験できるのか。

と疑問に思う方もいるかもしれませんので、私なりの解釈になってしまうのですが、

先にちょっとだけ、その話をさせていただきたいと思います。

たぶん、この前述談をお伝えしないとプランのとらえ方がもったいなくなってしまいそうなので。

お付き合いいただけると幸いです。

茶道と宇宙はつながっている

これは、 「曜変天目」というお茶碗で日本に3つしかなく重要文化財にも指定されているものです。

この美しいお茶碗を眺めていると、星空がみえてきませんか。

まさに、「器の中に宇宙が見える」といわれているお茶碗です。

中国には現存していませんが、今から約900年前の南宋時代の最上層の方がつかっていたようです。

そこから日本へ伝来し、室町時代から唐物では最高峰だとされてきました。

高校生時代に、このお茶碗をみたときに茶道が求めているのはこの宇宙だったんじゃないかと、

ふと思ってしまったんです。

    

それほど美しいというのもあったかもしれないですが、

中学、高校と短い6年で茶道部に所属した積み重ねで直感で感じてしまいました。

というのは、私なりに理由があります。

  

それは表千家の「自然の流れのままに不自然ない所作こそ、美しい」という考えです。

稽古ではどんな所作の動きであっても、自然のままに合理的にとお茶の先生からご指導をいただいていました。

自然の流れがある所作でなければ、季節をかたどったお菓子や道具、自然から拝借した花といった舞台の上で浮いてしまう。

自然の流れというのは、不変である。

茶道では、その不変性をどう追求しているのだろうかと考えていました。

  

たまたまですが、茶道の歴史をやっているテレビを見かけまして(笑)

そこで日本へ茶道が伝来するとき、中国がどうだったのかとという特集があり、

中国では天文学がとても盛んであり、お茶碗にも宇宙を顕していた。

そして、日本で最高のものとして受け継がれている。

  

物珍しさ、美しさだけで、最高峰のものと定められるのだろうか。

ただの物珍しさだけだったら、千利休が異論を唱えていたはず。

茶道でいう「自然の流れ」を極めるために、不変の宇宙を解明していたのではないだろうかと。

   

随分勝手な推測だなと思いながらも、やはりロマンを感じずにはいられません(笑)

茶道の伝統美を直に感じるには、個人的には星空を眺めることが一番ではないかと思い

プランニングしました♪

地上の星々をめぐりながら茶屋へ

茶道でも、茶室に入る前にも演出することがあります。

有名な話では、亭主がお茶会へと向かう客人の服をわざと汚しに汚して、

お茶会に参加する前にお風呂でリフレッシュしてもらって、気持ちのいい状態でお茶会をしたようです。

なんという豪快。。。真似できない(笑)

それぐらい茶道でもアプローチならぬ演出をかなり重要視しています。

 

茶室で星を囲むという場へ日常から不自然なくアプローチできるように、庭園の植栽を星とし天の川を駆け上りながら、季節の移ろいを感じつつ、満天の星空を望む気持ちへとなるようにしています。

天の川と言えば、夏の大三角形。

白鳥座は、鶴は名前の由来ではないみたいだけど、似てる白丁花。

織姫は、美人の代名詞である芍薬を。

彦星は、牽牛花という別名を持つ朝顔を。

朝顔がきれいに咲くことで、江戸時代では彦星と織姫は無事に会えたという縁起ものだったんだとか。

茶道では季節の先取りは良いとされていて、七夕がそろそろくるなと感じてもらえるようにと、

見ごろが6月になっている花にそろえる。

  

星空はいつだってきれいに見えるけど、冬の星空も夏に負けないくらいきれいだ。

オリオン座は、西洋的な感じがするクレマチスを。

ふたご座は、紅白それぞれ1本ずつ梅を。

こいぬ座は、かわいらしい雛菊を。

おおいぬ座は、ちょっと力強さ感あるサザンカを。

これらも、冬の時期が見ごろになる花にそろえる。

他にも、桜や桔梗、椿、水仙などを随所に散らばして、どの季節でも楽しめるように配置する。

     

本番の夜では、ライトアップしてある植栽から地上の星を感じつつ、目印に見える朧げにあるしだれ柳を目指す。

天の川は、小川の上にある橋を渡っていく。

水中にも間接照明を入れ、星を表現する。

地上の星々を通りながら、そっときらめく天の川を渡っていき、水面に浮かぶ茶屋へ誘われていく。

     

だれでもくつろぎながらお茶を愉しむ

一緒に星空を眺めたい人が健康なひとだって限らない。

正座しなくてもいい。

躙り口が必要ないほど、アプローチで日常から遠ざかる感覚を出せるようにした。

もう庭に入った瞬間から、お茶会は、はじまっている。

車椅子で茶室に入ったっていい。

くつろぎながら、星空だけを一緒に眺められたらいい。

   

それでも、そこでお茶をする意味はある。

一緒に囲んで食べれば、美味しい季節のお菓子とお茶はいつだって最高。

そんな理由だけではない。

  

今、眺めている、この星空、宇宙の普遍性を凝縮したものが茶道だから。

考えることなく、だれでもそれを感じさせる方法が茶道だと思う。

   

まとめ

このプランニングのスタートは、さっきのスケッチに書いてある眺めだったりしています(笑)

今さら気づいたのですが、最初に紹介した茶碗になんだか似ています。

偶然なのか。相当、私の中であの茶碗の印象が強いみたいです。

もっと絵がうまければ、いい雰囲気を伝えられたはず。。。

今の私が持てうる全てを出し尽くした結果です。ご容赦くださいませ。

だれでも参加できる茶室を考えるきっかけは、個人的にも膝が悪くなって正座がきびしくなっている母と星空みれたらいいなと。

星は母の趣味なので、ちょっとでも楽しめたらなと。

まあ、実はこのサイトを書いていることを母には内緒にしているため、気づかれません(笑)

茶道部でお茶会を開いた時に、だれでも気軽に参加できるような設えであればいいなと常々思っていたので。

すごく自己満足でしかないプランにも関わらず、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!

コメント

タイトルとURLをコピーしました